「無効な遺言書」

【事例】

 

Aさん(73歳)は、視力の低下と手の震えのため、遺言書を書き始めたが、妻から「これでは読めそうにない」と言われ、妻に自分の右手を背後から握らせ、一文字一文字、声に出し、自分の手を動かし、遺言書を書き上げました。

 

このような遺言書であっても、本人が書いた以上、有効になりそうですが、どうなんでしょう。


遺言は必要か?

もし、遺言がなければ、遺産は法定相続分に従い相続されることになります。ここで、法定相続分と言っても、民法は抽象的な割合を定めているだけです。実際には、相続人全員参加の遺産分割協議を行わなければなりません。相続人全員の協議がまとまらなければ、相続争いになってしまいます。

 

遺言書で、どの財産を誰に相続させるのか、具体的に決めておくと、事前に相続争いを防ぐことが可能です。


厳格な要式行為

もっとも、遺言書が有効になる為には、一定の方式に従わなければなりません。

 

というのも、遺言は本人が亡くなってしまった時点で、はじめて効力が発生します。

この時点では、もはや本人にその真意を直接確認する事ができない為、遺言書は本人の真意である事を確実に証明できるものでなければなりません。

 

法律(民法)は、確実に証明できる方式を厳格に定め、それ以外の遺言書は無効としたのです。


【事例】の検討

【事例】のような自筆証書遺言ならば、全文、日付及び氏名を自らの手で書き(「自書」)、押印しなければなりません。

 

実際の判例では、遺言書には整った文字で書かれていました。

しかし、そのことがむしろ遺言の有効性について問題を生じさせました。

つまり、Aの病状が相当悪化しているにも関わらず、誤記・書き損じが全くない事などから、筆跡上、妻の意思が介在した形跡がないとは言い切れず、遺言書は無効と判断されたのです。

 

Aさんの場合、全文自筆が必要な「自筆証書遺言」を選択すべきではなかったのかもしれません。

(「公正証書遺言」又は「秘密証書遺言」の方式を選択すべきだったといえるでしょう。)